大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所一宮支部 昭和53年(ワ)180号 判決 1985年12月05日

原告

吉岡実

右訴訟代理人

在間正史

被告

一宮市

右代表者市長

森鉐太郎

右訴訟代理人

平山雅也

右訴訟復代理人

平山文次

主文

被告は原告に対し金一三六三万六六〇六円及びこれに対する昭和五二年八月二日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一七〇〇万円及びこれに対する昭和五二年八月二日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  仮執行宣言の申立

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  当事者

1 原告は大正一四年八月二四日生れの男子であり昭和三〇年九月から愛知県稲沢市内所在の訴外株式会社桜井製鋼所に勤務し、鋳物パーライト(焼入焼もどし)の職場で働いていたものである。

2 被告は一宮市文京二丁目二番二二号に一宮市民病院を設置し運営しているものであり、訴外医師河合(以下河合医師という)は被告に雇用され、同病院耳鼻咽喉科医長の職にあり、原告の主治医であつたものであり、訴外医師加藤哲二(以下加藤医師という)は当時同病院に非常勤医師として勤務し原告の手術を担当したものである。

二  原告の既往症

1 原告は小学校三年生のころ右耳が中耳炎となりそのころ通院治療して完治し、徴兵検査にも合格したが、昭和三〇年ごろから難聴が進行し、昭和四〇年ごろには全く聴力を失つた。そして左耳は出生以来聴力に障害はなかつたが昭和四三年ごろ突発性難聴に罹患し約一ケ月通院して完治した。しかし昭和四五年から軽度の難聴となり、その後耳鳴りを伴うようになつた。

三  診療及びその結果

1 そこで原告は昭和五二年二月七日、一ケ月前から難聴が気になつたので一宮市民病院耳鼻咽喉科(以下被告病院という)で初診をうけたところ、担当医師から「神経が悪いので投薬して少し様子をみたうえ、手術を行う」旨の診断をうけ、即日両耳の難聴を治療し聴力回復のため適切かつ完全な治療を目的とする準委任契約を締結した。

2 そして原告は同病院に通院し投薬治療をうけ、同年七月四日右耳の手術をうけるため入院し、右耳鼓室形成手術を受けたが右耳の聴力は回復しなかつた。

3 原告は同年七月下旬ごろ、河合医師から左耳の手術を行う旨告知され、同年八月二日加藤医師の執刀により左耳鼓室形成手術により左耳鼓膜を植皮する手術を受けた。

そして加藤医師は右手術に当りゲンタマイシンなどの薬品を使用した。

4 ところで加藤医師は右手術中過つて原告の鼓索神経を切断した。

5 そして原告は昭和五二年八月ごろ左耳に緑膿菌が繁殖し、前記植皮した鼓膜が破れ中耳炎が再発し、被告病院医師からパニマイシン、ATAなどを使用し薬物治療を受けたが後記78記載のとおり各症状が発生し治癒しなかつた。

6 ところで原告の右手術前における左耳の状態は昭和五二年七月四日(入院時)から耳漏は止まつており、中耳は乾燥した状態で中耳炎は治つていたし、眩暈(めまい)、悪心嘔気及び嘔吐は全くなく、右耳に耳鳴りはあつたが左耳には耳鳴りはなかつたか、あつたとしても著しく軽度のものであり、左耳の鼓膜穿孔は中心部に小さい穿孔があつたにすぎずその聴力は別紙聴力表記載のとおりであり、四分法によれば気導値五五デシベルの聴力損失であり、日常生活において電話で話ができ、大声であれば会話ができる程度のものであり、またテレビを聴取することができたものである。

7 しかるに右手術後における左耳の状態は中耳炎が再発し、再生鼓膜は欠損し大きな穿孔を生じ、中耳炎が悪化し、昭和五二年八月七日からめまいが発生するようになり、平衡障害を生じたり、胃腸障害もないのに嘔吐、嘔気を生ずるようになり、右手術直後から耳鳴りがひどくなり、頭重感があり、原告の聴力は別紙聴力表記載のとおり低下したものであり、気導値はすべて測定不能であり、右聴力表の同年六月一六日と比較すると伝音性難聴が進行しただけでなく感音性難聴も進行し日常会話もできず筆談によらざるを得なくなり全く聴力を失つたものであるし、また前記鼓索神経の切断により味覚も失つた。

8 ところで原告は同年八月三一日同病院を退院して約一年間通院して前記治療を続けたが担当の加藤医師及び河合医師の言にもかかわらず前記症状は改まらなかつた。

9 そこで原告は昭和五二年一〇月一一日から同年一二月八日まで岐阜大学医学部附属病院に通院し、診察をうけたが聴力の回復は不可能であるとの診断を受けた。

10 そこで原告はやむを得ず昭和五二年九月二七日愛知県第五二一三六七号をもつて両慢性中耳炎、聴神経炎による両混合性難聴、聴力右九五デシベル・左九〇デシベルとして身体障害者等級表による級別二級の身体障害者手帳の交付をうけた。

11 そして右の状態は現在も続いており、原告は現在耳が聴えないし、耳鳴・頭鳴が続き、朝起きると耳鳴り(電話のベルのリリーンという感じの音)がし、静かな日もあるが突然運動を始めたとき、鼻をかんだときなどはずみで頭が鳴りだし(グワーンという感じの音)その程度も大きいときもあるが、小さいときもある。そして鳴りだすと寝るまで止まらない。これが毎日のように繰り返され、それらは天候に左右されることが多く、晴天の日は比較的良好であるが、雨天などの日は激しく鳴るし、時折持続性ではないが、するどい音で「キャッ」「キャッ」と頭の中で音がするし、立つていると「フワー」という感じのめまいがし、歩くとよろけるときがあるし、耳漏は日に二、三回脱脂綿にて手入れし、脱脂綿を耳に詰めて流出を止めている有様であり味覚もない。

12 原告は本件手術まで株式会社桜井製鋼所の従業員として平常通り勤務し、原告の症状は前記6記載のとおりであつたところ本件手術後前記781011記載のとおり本件手術前に存在しなかつた身体障害を生ずるにいたつたのであるから右は本件手術が原因となつて発生した障害である。

四  債務不履行責任

ところで被告は前記医療契約にもとづいて信義に従い誠実に診療に当り、手術するに当り手術の適応の有無について十分調査をしたうえ適切な手術をしなければならず、手術による治療の可能性及び手術にともなう不利益な点について十分説明して手術すべき義務がある。しかるに河合医師及び加藤医師はこれらの注意義務を怠つた過失により前記のとおり身体障害を発生させた。

五  不法行為責任

医師河合及び同加藤らには前記原告の左耳の手術をするについて次のとおり過失がある。

1 手術実施上の過失

河合医師及び加藤医師は原告に対し、原告の左耳は感染症により中耳炎が拡大し、それが内耳に波及し、内耳炎や内耳障害を惹起する虞れがあつたのであるから、本件手術をするについてこれらの点に充分注意し、感染症の発生を未然に防止すべき義務があるのにこれらの義務を怠り中耳炎を再発拡大させて鼓室形成手術を失敗させ、さらに内耳炎及び内耳障害を発生させて前記のとおり被害を被らせた。

2 手術選択における過失

河合医師及び加藤医師は原告に対し左耳を治療するに当り保存的療法によるべきであつたのに本件手術をした過失がある。すなわち

(一) 原告は前記のとおり右耳の聴力を全く失つていた者であり、左耳は難聴であるとはいえ聴力のある唯一の耳であり、これにより日常生活を営んでいた者であり、かつ、昭和四三年七月上旬ころ突発生難聴に罹患したことがあり、原因不明の感音性難聴の既往症があつた者である。そして原告の中耳炎は危険型のものでなく少なくとも同年七月四日以降は慢性の炎症は治つていた状態にあつた。

(二) ところで医師が右のような者に対し左耳の手術をするについて残存せる左耳の聴力を保全するよう努め、いやしくもその聴力を失わしめるようなことは極力避けるべきである。

(三) しかるに河合医師及び加藤医師は突発性難聴に罹患したことのあることから原告の左耳の脆弱性を推測すべきであつたのであり、そして原告は混合性難聴に罹患しており手術をしてもその聴力の回復は望めなかつたのであるから、手術することにより中耳炎が再発し、内耳障害など発生させ回復すべからざる難聴を惹起する虞れがあつた。

したがつて河合医師及び加藤医師は残存せる聴力を確保するため前記のような危険な手術によるべきではなくして外耳道の清拭、洗浄、抗生物質の吹粉及び点耳等の保存的療法によるべきであつたのにこれらのことを考慮せず安易に手術的療法を施行した過失により原告に前記のとおり被害を被らせた。

3 薬物選択における過失

河合医師及び加藤医師は原告の左耳の中耳炎を治療するについて内耳に毒性のないミノマイシンを使用すべきであつたのにこれをせず内耳に毒性の強いゲンタマイシン、パニマイシンなどを使用して原告の内耳に障害を与え前記のとおり原告に被害を被らせた。

4 説明義務違反

医師河合及び同加藤らは原告に対し、本件手術をするについて、原告の左耳は危険型の中耳炎ではないこと、中耳炎が治つている状態であること、手術をすることにより中耳炎が再発し、内耳に障害を与える虞れがあり回復することのできない難聴等を生ずる可能性のあること、手術により聴力が改善されることはないこと、手術が唯一の治療方法ではなくして危険性のない保存的療法も取り得ること、直ちに手術しなくとも生命身体に差し迫つた危険がなく、中耳炎が急性増悪し内耳に波及する等の危険がないことを説明して原告の承諾を得たうえ手術すべきであつたのにこれらの説明をせず本件手術をした過失により原告に前記のとおり被害を被らせた。

5 問診等における過失

(一) 河合医師及び加藤医師は本件手術をするについて原告の左耳が感音性難聴と伝音性難聴とが認められる混合性難聴であつて内耳等の感音器に障害の存することが考えられたのであつたから、感音性難聴の原因が何であるか、鼓膜穿孔のある中耳炎だけであるのか、特に鼓室に手術的操作を加えた刺激を与える場合、刺激に対して内耳が脆弱であるかどうか調査するため病歴、職歴、家族歴等を詳しく原告に問いただす義務がある。しかるに医師河合及び同加藤らはこれをせず原告が突発性難聴に罹患したことを申述するもこれを重視せず聞き流し、職業性難聴・病歴等について詳しく問診しなかつた。

(二) また原告の左耳は昭和五二年二月一〇日の検査結果に比べ同年六月一六日の検査結果は五〇〇ヘルツにおける聴力損失度が著しく、検査の正確性、聴力低下の理由、手術実施の適否について疑問があつたのであるから本件手術前に今一度聴力について検討すべきであつたのに本件手術前に聴力検査をせずして本件手術をした過失により原告に前記のとおり被害を被らせた。

六  以上のとおり河合医師及び加藤医師は前記の過失ある行為により本件手術をしたものであつて同医師らの本件手術は原告に対する不法行為というべきであり、同医師らの右行為は被告の事業の執行につきなされたものであるから被告は同医師らの使用者として民法七一五条にもとづいて原告の被つた損害を賠償する義務がある。

七  原告は右により次のとおり損害を被つた。

1 逸失利益(一)(休業補償)金九四万六九七八円

2 逸失利益(二)(配置転換及び退職による減収分)金四〇二万〇〇八一円

3 逸失利益(三)(昭和六〇年から同六七年までの分)金九九七万四一九一円

4 慰藉料 金一〇〇〇万円

5 交通費 金一万〇四〇〇円

6 弁護士費用 金一五〇万円

八  損益相殺

九  よつて原告は被告に対し右損害賠償金二七二三万八八一七円のうち金一七〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五二年八月二日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、省略>

理由

一原告は大正一四年八月二四日生まれの男性であり被告は一宮市文京二丁目二番二二号に一宮市民病院(以下被告病院という)を設置し、河合医師は被告に雇用され同病院耳鼻科医長の職にあり原告の主治医であつたものであり、加藤医師は当時被告病院に非常勤医師として勤務し原告の手術を担当したものであることは当事者間に争いがない。

二<証拠>及び当事者間に争いのない事実を綜合すれば

1  原告は昭和一〇年(原告は当時小学三年在学中)ごろ、右耳が中耳炎に罹患し通院し、同三〇年ごろ難聴となり、同四〇年ごろには完全に聴力を失つた。

2  そして原告は昭和四三年七月ごろ、左耳が突然聴えなくなり、同月九日ごろ泉聖耳鼻咽喉科医院で診察を受けたところ、同医院医師泉聖から突発性(神経)難聴との診断を受け、同年九月九日ごろまで通院し治療し、一応左耳の難聴は軽度のものとなつた。

3  原告は昭和五一年後半ごろ、再び左耳が聴えなくなつて、近藤医院へ通院し、中耳炎ということで、二、三ケ月治療した。そして多少聴力は回復した。

4  そこで原告は昭和五二年二月七日聴力の回復を願つて被告が運営する被告病院を訪れ診察を受けた。

5  ところで被告病院は河合医師を主治医として同日から原告を診察し、検査(聴力検査の結果は別紙聴力表記載のとおり)のうえ両耳とも慢性中耳炎で混合性難聴であると診断し、ここにおいて、原告と被告は右慢性中耳炎及び混合性難聴について現代医学の水準に照らし医療上十分かつ適切な治療措置を目的とする準委任契約を締結した。

6  原告は同日から被告病院へ通院し薬治療法を受けていたが、同年六月一六日聴力検査を受けたところ別紙聴力表記載のとおり同年二月一〇日以後聴力の低下がみられ中耳炎が悪化し伝音性難聴が急速に進行していることが判明した。

そこで原告は同年七月五日河合医師の指示のもとに右耳について中耳炎治療のため、被告病院加藤医師の執刀のもとに中耳根本手術を受け、次いで同年八月二日左耳について中耳炎の再発を防止し、聴力の低下を防ぐため、河合医師指示のもとに加藤医師が執刀して、鼓膜形成術による鼓膜皮植手術(以下本件手術という)を受けた。

7  ところで原告は本件手術まで左耳には時として耳漏が出ることはあつたが、少くとも右耳手術のため入院した同年七月四日ごろから本件手術までの間は耳漏は一応止つており、中耳は乾燥した状態にあり、中耳炎は一応治つていた。そして眩暈、悪心、嘔吐、嘔気などはなかつた。もつとも右耳は連日耳鳴りがあつたが左耳は月に三、四日ほど耳鳴りのする程度であり、頭重感及び頭鳴りは月に約七日ほどであり、左耳鼓膜の状態は中心性穿孔で真珠性中耳炎等の悪性のものではなく、聴力は別紙聴力表記載のとおりであつて、日常会話も顔を近づけるか大声で話せば通じたし、電話での応対やテレビを聴くこともできた。

8  しかるに原告は、本件手術後である昭和五二年八月九日ごろ、左耳に挿入してあつたガーゼが汚染するようになり、耳漏が流出し、皮植した鼓膜が遊離し、大きな穿孔ができており、鼓膜との境界付近はびらん状態となり、耳内が「ブヨブヨ」としており、中耳炎が再発し、眩暈が生ずるようになり平衡障害を惹起し、頭重感、嘔吐及び嘔気を催すようになり、毎日耳鳴りがし、聴力は別紙聴力表記載のとおり低下して殆んど聴力を失い、日常会話もできず筆談に頼るようになつた。そして原告は同年八月三一日被告病院を退院した。しかし左耳は退院後も聞えるようにならないし、時として耳鳴り、頭鳴りがし、朝起きると電話のベルの鳴るような感じの耳鳴りがし、鼻をかんだときや突然運動を初めたときなど急に頭が「グワーン」という感じで鳴り出し(音は大きいときや小さいときがあり一定しない)一度鳴り出すと寝るまで止まらない状態であり、それらは雨天の日は鳴ることが多く晴天の日は比較的良好である。また「ギャッ、ギャッ」という感じの音がするときもある。そして立っているとき時として「フワー」とした感じがし歩くとよろけるときもあるし耳漏は一日に二、三回脱脂綿で手入し常に脱脂綿を耳に詰めて流出を押えている状態である。

9  被告病院医師は昭和五二年八月九日原告を診察し前記のとおり中耳炎が左耳に再発したことを知り、原告の中耳炎は緑膿菌によるものであつたことから同月一〇日から同月一六日までの間は毎日、その後は同年一一月三〇日、同年一二月二日から同月七日までの間は毎日、同月一三日、同月一七日、同月二〇日、昭和五三年一月一四日、同年二月一〇日、同月二五日とそれぞれ一日一回パニマイシン一〇〇ミリグラムを五〇〇ミリグラムの溶液で溶解して筋肉注射をして中耳炎の治療に努めたほか同年七月五日原告の右耳手術後同月六日から同月九日までの間連日前同様の手段方法によりパニマイシンを使用し、また同年八月一六日から昭和五三年二月二五日まで内耳に対するものとして代謝賦活剤であるアデノシン三リン酸ナトリウム(アデボスコーワ・ATP等)循環障害改善剤であるヒデルギン・カルナクリン・イソメニール等及び神経機能の円滑化をもたらすビタノイリン等を投与し、特に本件手術後間もない昭和五二年八月二六日から同月三一日まではATPの大量療法を行つた。

以上の事実が認められ<る>。

三原告は加藤医師が本件手術に際し鼓索神経を損傷しそのため味覚を喪失したと主張し、右主張に沿う原告本人尋問の結果は<証拠>に照らし信用できず、他にこれを認めるに十分な証拠はない。

四<証拠>によれば、鼓膜形成術を施術することにより中耳炎を再発させることがあること、中耳炎に罹患するとその影響により内耳に障害を及ぼし、内耳炎を惹起させることのあること。中耳炎に罹患しかつ混合性難聴である者は内耳障害及び内耳炎に罹患するに易受傷性の素因を有するものと考えられていること、内耳(迷路ともいう)は蝸牛・前庭・半規管に分かれリンパ液でみたされており、蝸牛は聴覚を、前庭・半規管は平衡感覚を司る。内耳炎は原発巣により中耳炎性内耳炎・髄膜炎性内耳炎・血行性内耳炎に、部位的にみると内耳周囲炎・限局性内耳炎及び慢性内耳炎に病理学的には漿液性内耳炎・化膿性内耳炎・壊死性または腐骨性内耳炎に分かれる。しかし臨床上は中耳炎性内耳炎特に急性中耳炎から起こる急性び慢性化膿性内耳炎・慢性中耳炎から起こる慢性限局性内耳炎が重要であるとされている。そして診断としては急性び慢性化膿性内耳炎は蝸牛症状として難聴が急に高度になりそれは感音性のもので遂に聾となり聾となつても耳鳴りは持続する前庭症状として悪心、嘔吐、めまい、平衡障害が起り頭位の変化でめまいはひどくなる。漿液性内耳炎は難聴、めまい、悪心、嘔吐などの症状は、はるかに軽い難聴は数日で回復し、炎症が漿液炎のまま終れば内耳機能も正常に復する。限局性内耳炎は真珠腫形成性慢性中耳炎の場合に外側半規管に瘻孔ができる場合をいうが進行が緩徐で前庭迷路の代償がおこるため症状は軽微でほとんどないこともある。内耳周囲炎は症状は軽微で間歇的であり難聴は中耳のためのみであることが認められこれらの事実に前記認定の左耳の手術をした直後に化膿性中耳炎を再発させたこと、本件手術前並びに本件手術後における左耳の症状(難聴の悪化特に骨導値の低下)本件手術後における使用した薬剤及びその治療方法等の事実を併せ考えると後記認定のとおり抗生物質による内耳の障害を生じたものと認め難いことにかんがみると他に特段の事情について主張立証のない本件において原告は本件手術により中耳炎を再発させ、その影響により急性び慢性化膿性内耳炎を惹起し前記のとおりの症状を惹起したものと推認することができ<る>。

原告はパニマイシン(抗生物質)の使用により内耳障害が発生したと主張する。

なるほど<証拠>によればパニマイシンは内耳に対する毒性を有することが認められるけれども他方<証拠>によればパニマイシンを一日一〇〇ミリグラムから二〇〇ミリグラムの量を六、七日筋注使用しても内耳に影響を及ぼさなかつたこと及び他例によつても一日一〇〇ミリグラムを一〇日間筋注使用しても聴力障害を起さなかつた旨の医学上の見解が報告されていることが認められ、この事実と前記認定の原告に対するパニマイシン(抗生物質)の使用量及び使用態様を比較検討するに右の程度の使用ではパニマイシンが内耳に障害を与えたものと認めることは困難であ<る>。

五<証拠>及び前記認定の事実を綜合すれば次の事実が認められる。

1  鼓室形成術のうちWULLSTEINI型すなわち鼓膜形成手術を行うには病変・疾患のみでなく患者の年令・社会的条件及び身体的条件などを加味して決定すべきであり、慢性中耳炎に罹患し、かつ、内耳障害を合併している場合には内耳障害が発生することが少なくなく、かつ、手術による刺激により中耳炎が再発する危険性があり、他方の耳が聾である者に対しては右の危険の惹き起こす結果の重大性にかんがみ真珠性中耳炎等危険性のあるものであるときは格別、良性の中耳炎である場合にはできるだけ手術を避け、保存的療法によるべきであつて、手術は急ぐべきものではない。

2  ところで原告は以前から慢性中耳炎に罹患し、混合性難聴を併発していたものであり、放置しておくと早晩聴力を失い聾となつてしまうものであつたのであり、原告の左耳の鼓膜は中心部に穿孔があり、そこから細菌が侵入し中耳炎を発生させるおそれがあり、原告の難聴は混合性難聴であり、聴力の回復は改善することのできないものであつたが、中耳炎の発生を抑制することにより聴力の低下を防ぐことのできるものであり、原告の左耳は被告病院における初診時から同年六月一六日の聴力検査時までの間に聴力が急速に低下(別紙聴力表参照)し、早急に中耳炎に対する処置を講ずる必要があつた。そうして中耳炎に罹患している患者のうちには耳漏等中耳炎にともなう各種の症状を嫌い聴力を犠牲にしてでも手術を希望する者があり、原告も左耳の中耳炎の改善を願つて手術を希望し、担当医師である河合医師の本件手術をすることにより耳鳴りや耳漏の減少に役立つことがある旨の説明を受け本件手術を希望した。そして河合医師は原告を診察し原告の左耳は同年七月四日の入院以来耳漏も治り中耳も乾燥している状態にあつたので手術するには好適な時期であると判断し、原告の左耳鼓膜の穿孔を塞ぐことができれば細菌の侵入を防ぐことができ、中耳炎の発生を多少なりとも予防することができ、延いては聴力の低下を阻止することができると考え、手術することにより中耳に刺激を与え中耳炎が再発する可能性のあることも予見したが中耳にふれない手術においてはその可能性も非常に少いものと考え原告の希望を入れ原告の左耳に中耳部分に手を加えないですむ本件手術をし聴力の低下を防ぐことにした。

3  しかしながら他方原告は同月五日被告病院において右耳について中耳根本手術を受けその聴力を全く失つていたものであり、原告の左耳は慢性中耳炎に罹患し、混合性難聴を併発しているもので聴力の低下はみられたが残存する唯一の耳であつたものであり、真珠性中耳炎等危険性のある悪質な中耳炎ではなかつたのであり、早急に手術しなければならないものではないし、そのうえ本件手術は中耳炎を完治させる手術ではないのであり単にその感染経路の一部を遮断し、中耳炎の発生を予防するにすぎない手術であつたのであり、原告の聴力を保存する方法としては手術的療法以外にも外耳道の清拭・洗浄・薬物(抗生物質)の吹粉や点耳等危険性のない保存療法もあつたことが認められ<る>。

4 右事実によれば原告の左耳は慢性中耳炎に罹患し混合性難聴を併発しているものであり、被告病院における昭和五二年二月七日の初診時から同年六月一六日の聴力検査日までの短期間に急速な聴力の低下がみられたのであるから原告の聴力確保のため早速に中耳炎に対する処置を講じその低下を阻止するような治療を行う必要があつたものといえる。

しかし、原告はすでに右耳の聴力を失い左耳が音を感ずる唯一の耳であつたのであるからこれが聴力の低下をもたらすような療法は極力避けなければならないものである。

ところで中耳炎に罹患している患者に対し鼓膜形成手術をすると手術の刺激により中耳炎を再発させ、延いては内耳に障害を及ぼし聴力を失う危険性があるというのであり、本件手術は中耳炎を直接治療するものではなく中耳炎の発生を予防し間接的に中耳炎の治療に役立つにすぎないものであり、緊急性を要するものではなかつたし、中耳炎の治療としては手術的方法以外にも危険性のない保存的療法もあつたのであり被告病院河合医師及び加藤医師らはこれらのことを認識していたのであるから手術的療法のもたらす結果の重大性にかんがみ手術的療法を避け保存的療法をまず試みるべきであつた。

しかるに被告病院医師らは前記義務に違反し原告から手術の希望があつたこと及び本件手術が中耳にふれることが少いことから中耳炎の再発はないものと安易に本件手術を行つたものであつて、被告病院河合及び加藤医師らはこの点に関し過失があつたものといわなければならない。

もつとも患者の中には中耳炎に伴う耳鳴り特に耳漏等の症状を嫌悪し、聴力を犠牲にしてでも保存的療法によらないで手術的療法を希望するものがあり、かかる場合においては患者の病変病状、身体的条件及び社会的条件等と患者の希望の程度との対比において保存的療法によらないで手術的療法を採ることも許されることもあるけれどもその場合でも医師としては患者に保存的療法及び手術的療法についてその危険性、効果、利害得失を充分説明したうえで手術的療法によるべきであるが、本件はかかる場合でもないのであるから原告の手術を希望したことも前記医師らの過失認定の妨げとならないし、また河合医師及び加藤医師らが中耳に手を加えない本件手術をし中耳炎発生の危険性を減少させたことも本件手術のもたらす結果の重大性にかんがみると前記河合及び加藤医師らの過失の認定を左右するものではない。

5  被告は原告に保存的療法を採ることはできなかつたと主張する。

なるほど<証拠>によれば原告は昭和五二年二月七日の初診時から同年七月四日右耳手術のために入院するまで慢性中耳炎及び混合性難聴で毎週通院することは通院していたが来院しても投薬の交付を求めるのみで医師の診察を受けようとせず保存的治療を受けていなかつたことが認められるけれどもこの事実のみをもつて保存的療法ができないものであると認めることはでき<ない>。

以上の次第であつて被告の抗弁は理由がない。

六以上の次第であつて河合医師及び加藤医師は被告の履行補助者として原・被告間の準委任契約にもとづき原告の治療に当り同医師ら協議のうえ本件手術をし、同医師らの過失ある行為により前記のとおり原告に損害を与えたものというべきであつて被告は契約義務者として履行補助者である同医師らの原告に与えた損害を賠償する義務があるというべきである。

七そこで損害について判断する。

1  <省略>

聴力表

測定年月日

250

500

1000

2000

4000

6000

8000

(単位ヘルツ)

気導値

52.2.10

右耳

75

(単位デシベル)

左耳

60

25

60

75

骨導値

右耳

45

左耳

35

35

50

気導値

52.6.16

右耳

左耳

80

70

70

骨導値

右耳

45

55

左耳

40

35

45

気導値

52.8.21

右耳

左耳

骨導値

右耳

45

左耳

45

55

55

気導値

53.1.5

右耳

左耳

骨導値

右耳

45

55

左耳

35

上記表のうち空白欄は測定不能

2  ところで原告は本件手術による障害がなかつたら原告は訴外株式会社桜井製鋼所パーライト部門で六〇歳の定年に達するまで稼働することができたのに本件手術による障害のためパーライト部門から組立部門に配置換され、その結果職種の変更にともなつて減収となりそのうえ昭和五七年八月三一日遂に退職のやむなきに至つたものであるが、原告は本件手術による障害がなかつたらその後満六〇歳の定年に達するまでの原告の前記パーライト部門における収入が得られたからこれを原告が現実に支給を受けた賞与及び給与の差額が損害となると主張する。

なるほど前記甲第一二号証の二、証人吉岡光子の証言、原告本人尋問の結果弁論の全趣旨及び前記認定の事実を総合すれば原告は本件手術後両耳とも聾となり昭和五三年四月一日から、耳が悪くて危険であるとして訴外株式会社桜井製鋼所パーライト部門から同会社組立部門に配置換となり、そのため以後の給与、賞与とも減収となり、昭和五七年八月三一日耳が聴えないとの理由で退職させられ、定年の六〇歳まで勤められなかつたことが認められる。しかしながら原告は昭和四〇年頃に右耳の聴力を失い、左耳も被告病院初診時すでに聴力は低下しており、本件手術前である昭和五二年二月一〇日から同年六月一六日までの間に左耳の平均純音損失値(四分法による)が五五デシベルから七二・五デシベルに低下していることは前記認定のとおりであつて原告は本件手術前すでに高度の難聴になつていたものであるから原告の前記減収のすべてが本件手術による結果にもとずく損害であると断ずることは困難である。<中略>

そこで右の額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、同額から年毎ホフマン方式により年五分の利息を控除して、原告が昭和五三年一月一日から六七歳に達するまでの逸失利益の本件不法行為時における現価を求めると別紙計算書記載のとおり金六七二万七八六四円となることが明らかである。

3  <中略>

そして原告方から岐阜大学医学部附属病院へ通院するため左記交通費を要した。

一 金一万〇四〇〇円

4  本件に対する原告の精神的苦痛を慰藉するには金五〇〇万円をもつてするのが相当である。

5  本件事件の難易その他の事件の内容を斟酌すると本件手術事故と因果関係のある弁護士費用は金一五〇万円をもつてするを相当とする。

6  原告が本件事故につき訴外株式会社桜井製鋼所から前記休業期間に対する休業補償金として金五〇万八〇六二円の損害の填補を受けたことは原告の自認するところであるからこれを前記損害額から控除すると金一三六三万六六〇六円となる。

7  原告は株式会社桜井製鋼所において鋳物パーライト部門における最終基本給は金四万三四〇〇円であり、原告は定年まで勤めたとすれば勤続年数三〇年となるところ、株式会社桜井製鋼所における退職規則によれば勤続三〇年の者は基本給の三四ケ月分の退職金を支給する旨の定めがあるので原告は定年まで勤めれば退職金として金一四七万五六〇〇円(原告主張の金一四七万四七三二円は上記金額の誤信である)を支給された。しかるに原告は昭和五七年八月三一日退職をやむなきにいたり勤続二六年ということで退職金として金一三七万四六三九円を支給されたのみであるからその差額は原告の受けた損害であると主張する。

しかしながら年毎ホフマン式により年五分の利息を控除した不法行為時の現在価格をそれぞれ算出すると原告の受けた昭和五七年八月三一日における金一三七万四六三九円の退職金は原告が六〇歳でうける昭和六〇年八月二四日における金一四七万五六〇〇円を上廻ることになるので原告にこの点について損害があるとはいえない。

八以上の次第であつて原告の本訴請求は金一三六三万六六〇六円及びこれに対する不法行為の日である昭和五二年八月二日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は不法行為による請求をもつてしても理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条一項本文を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官服部金吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例